メールマガジン「Nutrition News」 Vol.243 2024年2月1日発行
第25回ダノン健康栄養フォーラムより
口腔機能維持の重要性

大阪大学大学院歯学研究科 予防歯科学講座 教授
天野 敦雄

 

 高齢になると、口腔機能も少しずつ衰えてきます。しかし、中には少しずつではなく、急激に口腔機能が低下するケースがみられます。これが“オーラルフレイル”です。
 「気がついたら食べこぼしている」「飲み込むときに軽くむせる」「噛めない食品が増えてくる」「食べ物を飲み込みにくくなる」「滑舌が悪くなる」―これらはオーラルフレイルが始まったことを示す症状です。噛む機能が低下するので噛めなくなり、やわらかいものばかり食べるようになって、さらに噛む機能が衰える……という悪循環によってオーラルフレイルは進行します。口腔機能が低下し、口からの栄養摂取も激減するため、心身のフレイルにもつながります。この悪循環に早く気づいてそれを断ち切る必要があるのです。  噛めなくなる大きな理由は、歯が減ることです。みなさんは「8020(ハチマルニーマル)運動」をご存じですか? これは80歳になっても自分の歯を20本以上保つことを目指す運動です。なぜ20本かというと、歯が20本あれば入れ歯なしで不自由なく噛めるからです。また、歯が20本未満で義歯未使用の人は20本以上ある人に比べて転倒や認知症などのリスクが高まることも明らかになっています。 

噛むことは生きること

 高齢者の偏食(やわらかいものや味の濃いものばかり好むなど)の要因として、歯がない(臼歯喪失)、うまく噛めない(咀嚼不良)、入れ歯が合わず痛みがある(義歯不適合)、歯周病で歯がぐらぐらしている(動揺歯)などの理由で食べ物を噛めないことや、味が判らないこと(味覚障害)などが挙げられます。食べ物を噛むと、味成分が唾液に溶け、舌にあるレセプターを刺激します。これが味を感じる仕組みです。しかし、年齢とともに唾液の分泌量が減り、さらに舌も汚れてきます。汚れた舌では、味を感じるレセプターも汚れに埋もれています。そうなると、もはや「おいしい」も何もありません。食欲がなくなり、食べることがただの“義務”になって、最終的には食事の全てに介助が必要な状態にもなりかねないのです。

 日本顎咬合学会のホームページに「噛むことは生きること」という動画が公開されています(※1)。寝たきりでリハビリにも食事にも一切反応しなかった高齢の女性が、口腔ケアを行ったことをきっかけに口から食べられるようになり、さらに自らリハビリを行うなど生きる意欲を取り戻し、退院後には家族で海外旅行に行くまでに元気になったという奇跡のストーリーです。このように「口からしっかりと食べる」ということは、全身のフレイル予防につながります。オーラルフレイルを防ぐためには、かかりつけの歯科医を持つこと、口の“ささいな衰え”に気をつけること、バランスのとれた食事をとることの3つがポイントになります。

 また、口の周りの筋肉(口輪筋)や舌の筋肉(舌筋)を鍛えることでオーラルフレイルを予防する“パタカラ体操”などの口腔体操(※2)を毎日の習慣にするのもよいでしょう。

セルフケアとプロケアで健口維持

 虫歯は歯の病気、歯周病は歯茎の病気と思っている方は少なくないでしょう。実は、歯周病は歯茎と骨の病気です。骨がやせることで、支えられなくなった歯が抜けていくのです。骨がやせるほどの炎症が常に口の中にあるわけですから、当然、からだに様々な悪影響を及ぼします。歯茎で慢性炎症が起こると、炎症性物質が血流にのって全身に運ばれ、肥満、糖尿病、高血圧、脂質異常症、関節リウマチ、虚血性心疾患、脳卒中などの病気につながるのです。最近では、認知症の発症も歯周病と関連があることが分かっています。

 細菌のかたまりである“プラーク”は歯茎の炎症を引き起こします。すると、歯と歯茎の間がはがれて隙間(歯周ポケット)ができます。歯周ポケットで炎症が起こると、歯茎の上皮がはがれて潰瘍面ができ、出血します。転んでひざを擦りむいたのと同じような状態です。歯を磨いたら歯茎から血が出た……そんな時、多くの方は「歯ブラシが硬かったから歯茎に傷をつけてしまったんだな。明日からはやわらかい歯ブラシを使おう」と思うでしょう。しかし、そうではありません。歯ブラシで強く磨いても、外側の角化した歯肉の上皮が傷つくことはありません。では、どこから血が出たのか? 歯周ポケットにたまっていた血が歯ブラシで押されて出たのです。歯みがきで出血したということは、既にその部分に歯周ポケットができて血がたまっているというサインなのです。

 歯周病菌の好物はたんぱく質と鉄です。血液は血清たんぱく質とヘモグロビンのヘム鉄が含まれており、歯周病菌の格好のエサになります。そのため、歯周ポケットから出血がない時には歯周病菌に感染していても怖いことは何もありません。しかし、歯周ポケットに出血がある時、歯周病菌は猛烈な勢いで増殖し、あっという間に歯周病が進んでいくのです。歯周ポケットの出血は、治療を受けない限り止まることはありません。歯を磨いて血が出たら、すぐに歯科医を受診することが大切です。

 

 昭和の頃、歯医者は“痛くなったら行くところ”でした。令和の常識はそうではありません。歯医者は“痛くならないために行くところ”なのです。かかりつけの歯科医を持って、定期的にプロケアを受けてください。私たちは、セルフケアでは十分でない部分をプロケアできれいにし、みなさんのお口の健康を守ります。

 健口を維持あるいは取り戻していただき、オーラルフレイルを予防することで全身のフレイルも予防していただきたいと思います。

 

 

※1 公開動画「噛むことは生きること」(日本顎咬合学会)

https://kokumin.ago.ac/img/movie/02.webm

 

※2 新生活習慣!食前の『パタカラ体操』(健康ひょうご21 県民運動ポータルサイト)

https://www.kenko-hyogo21.jp/health_knowledge/7591/

 

講演ダイジェスト動画


▽第25回ダノン健康栄養フォーラムの概要は、以下をご覧ください↓
 ┗ https://www.danone-institute.or.jp/forum/32471.html
  • ごはんだもん!げんきだもん!~早寝・早起き・朝ごはん~
  • ダノングループ・コーポレートサイト

ページトップへ戻る