2022/02/14

Vol.219 (2) 第23回ダノン健康栄養フォーラムより 「ナッジ理論と行動変容:健康づくりへの活用」

メールマガジン「Nutrition News」 Vol.219
第23回ダノン健康栄養フォーラムより
ナッジ理論と行動変容:健康づくりへの活用
帝京大学大学院 公衆衛生学研究科 教授
 福田 吉治
 

 ナッジ理論は行動経済学で用いられる理論のひとつで、「人々を強制することなく望ましい行動に誘導するようなシグナルまたは仕組み」のことを言います。一方、行動経済学は「人間がかならずしも合理的には行動しないことに着目し、伝統的な経済学ではうまく説明できなかった社会現象や経済行動を、人間行動を観察することで実証的にとらえようとする新たな経済学」と定義されます。栄養指導や保健指導の現場では、対象者を健康的な食生活に導くようなアプローチが行われますが、知識を与えたとしても人はそう簡単に行動変容するものではありません。“わかっちゃいるけどやめられない(やれない)”ということがあるからです。ナッジ理論や行動経済学は、“わかっていなくてもやめられる(やれる)”アプローチを考える際のヒントになる考え方とも言えます。

健康づくりに応用できるナッジ理論

① 選択回避・選択肢削減の法則

多すぎる選択肢は、意思決定を阻害します。例えば、ジャムのお店が2つあり、一方では6種類のジャムを、もう一方では24種類のジャムを試食することができます。この2つのお店のうちたくさんのジャムが売れるのは、6種類のジャムが試食できるお店です。試食できるジャムが24種類もあると、人はなかなか選ぶことができないのです。

  • ② フレーミング

写真や絵をどのような額(フレーム)に入れるかによって伝わり方が変わるように、同じ内容でも表現の仕方によって受け取り方は異なります。例えば「助かる確率が90%の手術」と「亡くなる確率が10%の手術」ではどちらも意味は同じですが、「助かる確率が90%」という表現の方が良い手術であるような印象を与えます。

  • ③ アンカリング

意思決定が事前に与えられた情報引きずられることを「アンカリング」と言います。例えば、ある茶碗の値段を予想してもらう時に、事前に「この茶碗は50万円より高いと思いますか?」という質問をしておくと、「50万円」という情報に引っ張られてそれに近い金額を答えるということがあります。同じ茶碗でも事前の質問でもっと安い金額を提示していれば、回答もその金額に引っ張られるでしょう。

  • ④ 損失回避

500円もらう」場合と「1,000円もらって500円なくす」場合、どちらも最終的に手元に残るのは500円ですが、「1,000円もらって500円なくす」の方がなんとなく損をした気分になるのではないでしょうか。このように、損をしない選択することを損失回避といいます。

  • ⑤ デフォルトオプション(初期値設定)

ラーメンのセットとして「デフォルトでライスがついていて、希望すればサラダに交換可能」な場合と「デフォルトでサラダがついていて、希望すればライスに交換可能」な場合では、後者のラーメンセットの方がサラダが多く選ばれます。人には、最初に提示されたものに従いやすい傾向があるためです。

  • ⑥ オプトイン、オプトアウト

デフォルトオプションを応用した考え方です。オプトインの場合デフォルトが「不参加」であり、参加したい人が申し出て参加します。オプトアウトはその逆でデフォルトが「参加」、つまり参加したくない人が申し出ることになります。例えば、臓器提供の意思表示は、日本では提供を希望する場合に保険証や免許証などにチェックを入れる「オプトイン」ですが、いくつかの国では提供の意思がない場合にチェックを入れる「オプトアウト」の考え方をとっています。オプトアウトの国の方が臓器提供の意思表示者は多くなることがデータでも示されています。

  • ⑦ インセンティブ

成功すれば金銭や物がもらえるという通常のインセンティブの他、くじ付きのインセンティブ、ペナルティ(逆インセンティブ)、報酬がお金や物以外(地位、表彰など)の社会的インセンティブなど様々な種類があります。最近では、健康の分野でも「健康ポイント」のようなインセンティブが取り入れられています。

 

ナッジ理論・行動経済学の枠組み

 このように、一口にナッジや行動経済学と言っても様々な理論があるため、それらを効果的に応用するためのいくつかの枠組みが提唱されています。

 1つ目が「MINDSPACE」です。これは「メッセンジャー(Messenger)」「インセンティブ(Incentives)」「規範(Norms)」「デフォルト(Defaults)」「顕著性(Salience)」「プライミング(Priming)」「感情(Affect)」「コミットメント(Commitment)」「エゴ(Ego)」の頭文字をとったものです。例えば「メッセンジャー」は、何かメッセージを出すときには、その相手にとって影響力の大きい人からのメッセージにすると効果的であることを意味しています。また、「規範」は、コロナ禍で“ニューノーマル”という言葉が生まれたように、多くの人がしていることが規範になることを表しています。

 2番目の枠組みは「EAST」と言われるものです。「Easy(簡単で楽な行動を選びやすい)」「Attract(魅力的なもの、おもしろいものを選びやすい)」「Social(多くの人がしていることに影響を受ける)」「Timely(タイムリーな働きかけに反応しやすい)」のそれぞれの要素が重要になります。

 3つ目は食の選択に関するナッジ理論・行動経済学の枠組みである「 “CAN”アプローチ」です。「Convenient(便利である:目につきやすい、調理が簡単など)」「Attractive(魅力的である:名前や見た目が魅力的など)」「Normative(日常的・当たり前である:皆がそうしているなど)」という点に工夫することによって健康的な食の選択が可能になります。

 ナッジ理論や行動経済学を取り入れる際には、これらの枠組みを応用するとよいでしょう。

 

 近年、ナッジ理論や行動経済学の考え方は世界中で注目されており、政策の分野でも応用が進められています。日本でも、環境省や経済産業省、いくつかの自治体においてナッジ理論や行動経済学の応用が積極的に推進されています。

 健康の分野においても、ナッジ理論や行動経済学を取り入れることによって、健康無関心層を含めてより多くの人の健康増進につながり、ひいては健康格差の縮小にもつながるのではないかと考えています。

 

 

講演ダイジェスト動画

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▽第23回ダノン健康栄養フォーラムの概要は、以下をご覧ください↓

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