メールマガジン「Nutrition News」 Vol.201
第22回ダノン健康栄養フォーラムより
Withコロナと地球にやさしい健康な食事 
神奈川県立保健福祉大学 学長
公益社団法人日本栄養士会 会長
 中村 丁次

MDGsからSDGsへ

  

 20009月、国連ミレニアム・サミットにおいて、189の国連加盟国が21世紀の国際社会の目標として、より安全で豊かな世界づくりへの協力を約束する「国連ミレニアム宣言」を採択し、2015年までに達成すべき8つの目標と21のターゲットからなる「ミレニアム開発目標(Millennium Development GoalsMDGs)」が定められました。しかし、時代は “人類が自然から影響を受けた時代”から“人間が地球環境や生態系、気候に影響を与える時代”へと変わりました。環境問題が深刻になり、持続可能な開発を目標とした国際議論が始まりました。そして、20159月、ニューヨークの国連本部で開催された「国連持続可能な開発サミット」において、MDGsに「保健」「教育」「環境」の要因をプラスした、17の目標と169のターゲットからなる「持続可能な開発目標(Sustainable Development GoalsSDGs)」が定められました。

 SDGs17のゴールを示したこの図を皆さんも目にしたことがあると思います。17の目標のそれぞれは「飢餓をなくそう」「健康になろう」など従来から言われてきたことですが、SDGsでは人類が健康で幸せになるための目標を1枚の図に示したことに特徴があるのではないかと思います。ある領域は他の領域にも影響を与え、これらの課題に総合的かつ包括的に取り組むことが重要だと発信しているのです。

 持続可能性の課題は栄養や食事の在り方にも影響を与えました。国際食糧政策研究所の「2014年世界栄養報告:Global Nutrition ReportGNR」には、栄養改善が経済効果を生み出した事例がいくつも示されました。GNRには「良好な栄養状態は、人間の幸福の基盤になる」という理念が示されています。従来ならおそらく“健康の基盤になる”とされたと思いますが、ここでは敢えて“幸福”と述べられているのです。従来、栄養改善は、保健、医療、福祉に貢献することを目標にしてきました。ところが、SDGs以降、栄養は、保健、医療、福祉のみならず、教育、経済、労働、ジェンダー、農業、さらに環境等にも複雑かつ多様な形で関係し、これら全ての領域を下支えする役割に変わりつつあるのではないかと考えています。

SDGsとCOVID-19

 COVID-19の感染拡大において注目されていることの1つに、CO2の排出量が減少したことが挙げられます。2020年度は前年度に比べてCO2排出量が−25%になると予測されています。パリ協定では、CO2排出量を毎年−7.6%にすることが定められていますが、皮肉なことに、コロナ禍における日常生活の行動によって、CO2排出量をパリ協定の目標の約3倍も減少させることができたのです。制限された生活を続ければ暮らしが立ち行かなくなりますが、このまま社会経済活動を復活させれば環境負荷も再び増大すると考えられます。そこで、環境負荷を軽減しながら経済を刺激する「グリーンリカバリー」という概念が提唱されました。今、私たちに求められるのは、感染症によってダメージを受けた経済や社会を単に元の生活に戻すことではなく、SDGsと調整しながら、脱炭素で災害や感染症に強靭な社会・経済を目指し、生態系と生物多様性を保全することです。170万の未発見のウイルスのうち約63万~82万のウイルスは人に感染するポテンシャルがあると言われている中、気候変動などの環境変化がこれらのウイルスの活性度を増大させ、何度も今回のような緊急事態が起こる可能性があるからです。

 WHO2019年に「持続可能な健康な食事」のための指針を示しました。そこには、「健康への側面」だけでなく、「環境への影響」と「社会文化的な側面」という観点から食事の在り方が示されています。これから私たちが考えなければいけないのは、単なる“健康な食事”ではなく“地球にやさしい健康な食事”ではないでしょうか。「健康か経済か」「経済か健康か」「健康か環境か」という二項対立の構造では、問題の把握も解決もできません。今回のコロナ禍は、皮肉なことに、このことを社会実装したのではないかと思います。SDGsの目標に掲げられた諸問題を解決すべき栄養・食事の在り方を、健康、環境、社会文化的側面から総合的に探究し、その実現を目指すことが栄養関係者に課された課題だと思います。

東京栄養サミット

 2020年に予定されていた東京栄養サミットは、1年間延期され2021年に開催されることになりました。栄養は生命の適切な営み、健康、疾病の治療に貢献するだけではなく、教育、労働、経済、環境、QOLの改善に関係し、国際的視点で栄養不良を解決することが、人類の直面する諸問題を解決する下支えになっています。栄養サミットはこのことを多くの人々が確認し、解決のための行動を開始する場になります。

 今回、日本で栄養サミットを開催する意義は、日本の栄養改善の経験を国際社会に発信することにあると考えています。日本人の食事は、“和食”という文化を底辺に持っています。そして、自然を尊重し、四季折々の変化を楽しむ食文化を維持しながら、栄養不良を改善するために栄養学という科学を導入しました。つまり、科学と文化を融合させて作り上げたのが、現代の日本人の優れた食事なのだと思います。伝統的な和食に欧米、中華が適度にミックスされ、欧米化したが完全な欧米食にはならず、和食を補てんし栄養のバランスが取れた―このような日本の食事の在り方を私は“ジャパン・ニュートリション”と呼びたいと思います。主食偏重で質素な食事の時代、日本人はたんぱく質、必須脂肪酸、各種ビタミン・ミネラルの不足に悩まされ、多くの栄養欠乏症が発症しました。低栄養による乳幼児の死亡率も高く、抵抗力がなかったので結核などの感染症で多くの人々が亡くなりました。低栄養に食塩の過剰摂取が重なり、高血圧や脳卒中、胃がんで亡くなる人も多く、日本人は短命だったのです。しかし、優れた栄養政策、栄養教育によって、低栄養の食習慣に過栄養の欧米食を適度に融合させて栄養の不良状態を解消し、栄養バランスに優れた日本食を形成しました。自然を大切にする日本人の食文化を継承しながら、栄養改善により低栄養も過剰栄養も乗り越え、世界一の長寿国家を作り上げました。この経験を世界に発信し、誰ひとり取り残さず、健康で幸せになれる社会の創造に貢献することを、今回のサミットでコミットメントしたいと考えています。

 

講演ダイジェスト動画


▽第22回ダノン健康栄養フォーラムの概要は、以下をご覧ください↓
  • ごはんだもん!げんきだもん!~早寝・早起き・朝ごはん~
  • ダノングループ・コーポレートサイト

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