2025/08/28

Vol.262 (3) トピックス 「普段の水分補給に経口補水液を使わないで!消費者庁が注意喚起」

メールマガジン「Nutrition News」 Vol.262   2025年9月1日発行

普段の水分補給に経口補水液を使わないで!消費者庁が注意喚起

 2025年の夏は各地で40℃を越える“災害級”の暑さが続出し、連日のように熱中症警戒アラートが発表されました。こまめな水分補給、発汗が多い場合などの塩分補給が繰り返し周知されるなか、消費者庁は、ドラッグストアなどで販売されている経口補水液について、水分補給を目的に利用しないよう注意を呼びかけています。

コレラ治療から発展した経口補水療法

 経口補水液の歴史は、コレラの治療に端を発します。19世紀、コレラ患者に対して生理食塩水の輸液を行うことで患者の死亡率が低下することがわかりました。その後、水や電解質を経口摂取する 「経口補水療法」の研究が進み、コレラの下痢による脱水において輸液療法に匹敵する治療法として確立しました。1971年、インドの難民キャンプでコレラが大流行した際には、経口補水療法によって死亡率が30%から3.6%にまで改善し、世界中が経口補水療法に注目するきっかけとなりました。医学誌のランセットはこの成果について「20世紀最大の医学上の進歩」と評しています。

経口補水液の組成とその変遷

 小腸での水の吸収は、ナトリウムイオン(Na)単独の場合よりもブドウ糖が共存している方が促進されることが明らかになっています。また、Naとブドウ糖のモル濃度比が1:1~2の場合にNaと水が最も効率よく吸収されることが明らかになっています。

 当初、経口補水液の組成はコレラ患者の便の組成から検討されました。コレラによる下痢は「分泌性下痢」と呼ばれます。菌が産生する毒素によって、小腸や大腸から便中に塩類や水分が分泌されるため、コレラ患者の便中のNa濃度は高くなります。そのため、1975年にWHOで作成された経口補水液のNa度は90mmol/lと高めに設定されました。その後、環境の整備や感染予防の技術が進み、コレラの発生頻度は低下しました。代わって増加してきたのが、ロタウイルスや病原性大腸菌などの非コレラ性の感染性腸炎です。これらが起こす下痢は非分泌性であり、便中のNa濃度も低濃度であることから、2002年にWHOが提案した経口補水液ではNa濃度が75mmol/lに変更され、水や電解質の吸収を促進するため浸透圧もより低くされました。なお、先進国においてコレラが深刻な感染症ではなくなったことから、欧米の学会ではターゲットを非コレラ性の感染性腸炎に絞り、Na濃度と浸透圧をWHOよりも低くした経口補水液を推奨しています。

 日本では、1965年に顆粒製剤の経口補水液が発売されました。これは医薬品として販売されているもので、脱水症だけでなく手術後の回復期における電解質の補給や維持のためにも使用されています。さらに、近年では国が定めた特別用途食品(病者用食品)としてペットボトル入りの経口補水液が発売され、ドラッグストアなどでも手軽に入手できるようになりました。水分補給のために経口補水液を利用するという問題は、ペットボトル入りというその見た目と、入手の手軽さから生まれたともいえるでしょう。




スポーツドリンクとは似て非なるもの

 経口補水液に「スポーツドリンクのようなもの」あるいは「スポーツドリンクよりも何か効き目がありそうなもの」というイメージをもって熱中症予防のために利用するケースもあるようですが、経口補水液はあくまで脱水時の治療のために利用するものであり、熱中症を予防するためのものではありません(※)。経口補水液はスポーツドリンクの3~4倍に相当するナトリウム、カリウムを含むため、飲み方を誤ると、健康な人でも心臓や血管に負荷がかかることが懸念されます。また、糖質も含まれるため、医師から糖質制限を指示されている場合などにも注意が必要です。経口補水液に期待される効果を十分に得るためには、医師や管理栄養士等と相談のうえ、指導に沿って使用する必要があるでしょう。

※一般的に、スポーツドリンクには電解質のほか、水分補給効果を高め、エネルギーを補給するなどの目的で4~8%程度の糖質が含まれています。そのため、スポーツドリンクにおいても日常的な摂取や過剰摂取には注意が必要です。

スポーツドリンクおよび経口補水液のナトリウム・カリウム含有量

日本食品標準成分表(八訂)増補2023年(文部科学省)、パンフレット「経口補水液ってなに?」(消費者庁)をもとに作成


参考

谷口英喜.経口補水療法. 日生気誌.2015.52(4);151-164.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seikisho/52/4/52_151/_pdf

経口補水液(けいこうほすいえき)について(消費者者庁)https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/foods_for_special_dietary_uses/oral_rehydration_solution

その飲み方NGです! 正しく知ろう経口補水液(政府広報オンライン)
https://www.gov-online.go.jp/article/202502/radio-2729.html

一覧へ戻る