2025/07/01

Vol.260 (3) トピックス 「痩せ願望を背景に提唱された新概念 「女性の低体重/低栄養症候群」」

メールマガジン「Nutrition News」 Vol.260   2025年7月1日発行

「痩せ願望を背景に提唱された新概念「女性の低体重/低栄養症候群」」

 ダイバーシティという言葉が注目を集め、多様性を受け入れる考え方が重視される中、2010年頃から欧米を中心に“ボディ・ポジティブ”というムーブメントが広まりました。これは、痩せていることを美しいとする美の基準から解放され、ありのままの自分の体を受け入れて愛することを目指すものです。近年では世界的に影響力のあるファッション誌の表紙を様々な体型のモデルが飾るようになりました。

 一方で、痩せていることを美しいとする考えは若い女性を中心にいまだ根強く、日本においても20~30歳代の女性の20.2%がBMI18.5未満の低体重であることがわかっています。最近では、2型糖尿病の治療薬として承認されている薬を美容や痩身目的で利用し、トラブルに陥るケースなども報告され、社会問題となっています。

低体重・低栄養に着目した新たな疾患概念

 若年期の過度の低体重・低栄養は、将来の骨粗鬆症リスク上昇につながるほか、月経周期異常や不妊、栄養欠乏による健康障害や代謝異常を引き起こす可能性があります。また、筋力・筋量が減少することによって将来サルコペニアへと進展するリスクが上昇する恐れもあります。これらの問題が若年期に生じることは、本人の各ライフステージにおける健康状態に影響を及ぼすだけでなく、次世代の健康をも損なうことにつながりかねず、早期からの適切なアプローチが必要です。しかし、これまでは肥満への対策が重要視され、低体重や低栄養に対するアプローチは十分ではありませんでした。その原因の1つとして挙げられるのが、低体重・低栄養と疾患の関係性を表す概念が存在しないということでした。

 こうした状況の中、日本肥満学会をはじめとする6学会から成るワーキンググループは、女性の低体重・低栄養が招く健康障害を新たな疾患として位置づけるべきとし、「女性の低体重/低栄養症候群(FUS:Female Underweight/Undernutrition Syndrome)」という概念を提唱しました。FUS は「低体重または低栄養の状態を背景として、それを原因とした疾患・症状・徴候を合併している状態」と定義づけられ、含まれる疾患や状態としては主に次のようなものが挙げられています。



FUSに含まれる主な疾患や状態

 FUS は、主に“18歳以上から閉経前”の“女性”を対象とした概念です。閉経後の女性の場合はホルモン環境や加齢などの要因が影響すること、現時点では男性よりも女性の低体重・低栄養の影響が顕著であることから、今回の概念に閉経後の女性や男性の低体重・低栄養は含められませんでした。

 また、FUSの概念設定の目的は、主に低体重・低栄養が背景となった多彩な健康障害に着目し、早期発見・予防・介入の枠組みを構築することにあります。そのため、原疾患がある場合には FUS として捉えず、原疾患への治療を優先するべきとされています。

新たなスティグマを生む可能性も…

 FUSの原因は多面的であり、必ずしもベースに痩せ願望があるわけではありません。FUSという概念が提唱されることによって、体質的に低体重の女性に対する偏見が助長されるなど、新たなスティグマ・偏見を生む可能性が懸念されます。また、痩せ願望も背景にはメディアの影響など社会的な要因があること、貧困・社会的支援の不足を背景とした低体重・低栄養があることなどを踏まえると、FUSは必ずしも個人の責任とはいえず、多面的な支援を行う体制づくりや、本人が自責感情を高めることがないような配慮が求められます。FUSの対応には「原因に応じた個別的なアプローチ」と「社会・教育レベルでの包括的な介入」の両面が必要といえます。

今後の方向性と課題

 FUSは現時点では診断基準を明確に定めるためのエビデンスが十分でないことから、疾患概念としての枠組みが提示されるに留まっています。今後、身体症状、骨量測定、月経、栄養評価など統一的なスクリーニング項目を設定するとともに診断基準を明文化する必要があり、そのためのエビデンスとなりうる研究の進展が求められます。

 また、教育現場における正しい食習慣や適切なボディイメージについての啓発や、ファッション・美容産業における痩せ願望を煽るような広告表現の見直し、多様な体型を肯定するガイドラインの策定など、教育・産業界とも連携しながら、問題の解決につながるような環境づくりを進めていくことが重要です。

参考

閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題 ―新たな症候群の確立について― (一般社団法人日本肥満学会)
https://www.jasso.or.jp/data/Introduction/pdf/academic-information_statement_20250416.pdf


令和5年「国民健康・栄養調査」の結果(厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_45540.html


自宅で完結?手軽に痩せられる?痩身をうたうオンライン美容医療にご注意!-糖尿病治療薬を痩身目的で消費者に自己注射させるケースがみられます-(独立行政法人国民生活センター)https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20200903_1.html

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