メールマガジン「Nutrition News」 Vol.176
第20回ダノン健康栄養フォーラムより
障害者のスポーツ栄養 ~パラリンピアンと公認スポーツ栄養士との対談
神奈川県立保健福祉大学 保健福祉学部栄養学科・大学院保健福祉学研究科 教授
 鈴木 志保子  先生
パラリンピアン(射撃) 日本郵船株式会社 広報グループ 社会貢献グループ
 田口 亜希 氏

 

 


 
 




講演に引き続き、神奈川県立保健福祉大学教授の鈴木志保子先生と、ライフル射撃にてパラリンピックに3大会連続出場された田口亜希氏による対談が行われました。2020年東京オリンピック・パラリンピックの組織員会の飲食検討委員を務められていたお二人に、障害者スポーツの魅力や栄養管理の現状、選手村の食堂の在り方などについてお話しいただきました。

射撃という競技

鈴木:まずは射撃という競技やパラリンピックの世界についてお話しをお願いします。

田口: パラリンピックは、国際パラリンピック委員会 (IPC) が主催する世界最高峰の総合大会です。私が出場した射撃には、空気銃で10m先の標的を狙う種目と、火薬銃で50m先の標的を狙う種目があります。その中で、「10mエアライフル伏射」という種目は60発の弾を50分間で撃ちます。直径4.5mmの弾を10m先の標的の中心にあるわずか0.5mmの点に当てれば10点台の点数が出ます。しかし、世界のレベルは高く、60発全部を10点に当てないとファイナルに残ることが難しいです。また「50mライフル伏射」という種目では、50m先の標的の中心にある直径1.4cmに当たれば10点台となります。こちらは60発全てを10点に当てないと…ということはありませんが、それでも52発ぐらいは10点に当て、あとは9点台止まりにしなければファイナルに残れません。さらに、こちらは屋外で行われる競技なので、風や光なども読む必要があります。いずれにしても、体力や技術はもちろんですが、更に強い精神力、集中力が求められる競技であり、集中力を維持するために、途中でバナナや飴などを食べて試合に臨む選手もいます。

パラアスリートの栄養管理の難しさ

事例① 脊椎損傷

鈴木:パラスポーツの選手には、主に頸椎損傷や脊髄損傷や二分脊椎で下半身が動かない方、欠損や切断の方、知的障害や視覚障害の方などがいらっしゃいます。その中で、まず脊髄損傷や頸椎損傷の場合についてお話ししたいと思います。

私はウィルチェアーラグビーの選手の栄養管理に携わっています。エネルギーや栄養素の摂取量については、その人自身を見れば分かることなので問題ないのですが、難しいのは、排便と尿の部分をどう捉えるかです。

田口:そうですね。私の場合は病気が原因の脊髄損傷で、お手洗いに行きたいという感覚は残っているのですが、その感覚がない脊髄損傷の方も多いです。

鈴木:私も一番難しいと思ったのがその部分です。通常、「野菜の摂取量が少なければもっと食べた方が良い」と思いますよね。しかし、そのような選手の場合は、腸洗浄と言って、下剤を飲むことによって便を出すことを定期的に行っているのです。私は当初、アセスメントの際にそのことを考慮していませんでした。そして、ある選手の食物繊維の摂取量があまりにも少なかったので、摂るように勧めた結果、3日に1度で良かった腸洗浄が2日に1度になってしまったことがありました。また、導尿でパック取り替えるのが面倒だからと水分を摂らないようにしていたために便秘気味になっていた選手もいました。気持ちは分かるのですが、水分を摂らなければ大腸内から水分が失われて便が硬くなり、腸洗浄がうまくいかなくなってしまうことを伝えました。このような事例からも、尿や便のコントロールはとても重要であることが分かります。そして、それがうまくいかないと試合中に粗相が起こってしまうことになりかねません。

田口:でも、2020年の開催が決まり、パラリンピックにも医科学的なサポートが入るようになりましたよね。私はロンドンパラリンピックまで出場していましたが、当時はあまり栄養について考えていませんでしたし、細かい指導を受けたこともありませんでした。

鈴木:公認スポーツ栄養士や管理栄養士においても、排便や導尿などを踏まえて栄養管理をしていけるように教育を進めていかなければいけないと思っています。 

事例② 視覚障害(ブラインド)

鈴木:先日、ブラインドの選手に指導をした時のことです。その選手が、渋谷の雑踏の中にも関わらず、同席していたゼミ生の靴がブカブカであることを言い当てたので、大変驚きました。ブラインドの選手は体こそ健常者と同じですが、脳が消費するエネルギーは違ってくるのではないかと思っています。空間認知で使うエネルギー消費量は無限大で、練習している分の摂取エネルギー量で考えていると、その選手は痩せていってしまいます。

田口:そうですね、確かにすごくエネルギーを使っていますね。彼らは記憶力も良いですしね。パラアスリートの栄養管理を考える時には、決まった計算式に当てはめるのではなく、まずその選手に触れて一緒に考えていく必要があると思います。同じように車いすに乗っていても、私のような胸椎4番・5番の損傷では腹筋がまったく効きませんが、8番・9番あたりの損傷の場合は腹筋が多少効いています。みなさんには同じような障害に見えるかもしれませんが、それだけでも全然違うのです。

パラリンピックの食堂の在り方とは?

鈴木:選手村の食堂では、コンディションの維持のためにも世界各国の選手が食べ慣れているものを出す必要があります。そのため、多くの世界大会の食堂では、開催国の食べ物を提供するブース、アメリカ・ヨーロッパ圏、アジアの食事を提供するブースの他、多様性ということでハラル(イスラム教の戒律によって許される食べ物)などの食事を提供するブースがあり、飲み物やサラダは自由に取れるようになっています。オリンピックとパラリンピックで異なる点などはありますか?

田口:食事内容はオリンピックとパラリンピックで変わりませんが、例えば車いすの選手が通れるようにテーブルの間隔が広くなっていたり、ごみ箱が低くなっていてすぐ捨てられるようになっていたりという部分がオリンピックとは違うと思います。

今まで不便を感じていたのは、小さな個包装のケチャップや醤油などが置いてあることです。頸椎損傷で握力のない選手や両手のない選手では、それを開封することができないからです。個包装も良いのですが、ボトルで置いてある方が使いやすい選手もいることを、2020年に向けて組織委員会にも伝えました。また、視覚障害の選手、特にチーム競技の場合は、1人の選手に1人のアシスタントがつくわけではありません。そのため、食事の際はアシスタントが1人で34人の選手を連れて食堂に来ます。みんなで肩を持って連なって歩いて1つずつカウンターを回り、アシスタントの方はその都度「これはお肉だよ」などと説明しているのです。スマートフォンなどを活用し、事前に注文をして食堂でそれを受け取れるような仕組みができれば、周りに気を遣わず自身のタイミングで食事ができるのではと思い、提案をしています。日本の定食のようなスタイルも良いですね。

大澤:食堂のメニューには、カロリーや塩分などの情報はあるのですか?

鈴木:はい、1ヶ月前くらいに、世界のスポーツ栄養士にその情報が伝わってきます。

田口:専属の栄養士がいる競技団体なら良いのですが、そうでないところでは、選手村の日本人棟のロビーフロアに掲示された、その日のメニューを使ったバランスの良い食事のサンプルを参考にすることもできます。ただ、障害や競技によって必要なカロリーや栄養素も異なってくることを考えると、予めスマートフォンなどでデータが取れると良いのではと思います。

鈴木:メニューに表示されている栄養成分量が100g単位のものになっていて、実際に食べたものの栄養成分がどのくらいなのかが分かりにくいのも難点です。現在、私たち日本のスポーツ栄養士が“ジャパンスタイル”ということで、ワンポーションの量を決めることでその点を分かりやすくすることを企画しているところです。

スポーツ栄養に期待すること

鈴木:これからのスポーツ栄養にどのようなことを期待していますか?

田口:2020年オリンピック・パラリンピックの東京での開催が決まり、多くの方がパラリンピックについて考えてくださっています。しかし、パラリンピックスポーツの研究については、まだ追いついていないのが現状ではないかと思っています。スポーツとしての技術ももちろんですが、栄養管理の部分も選手にとってはとても重要です。その分野の研究が今後もっと進んでいくことを期待しています。

鈴木:頑張りたいと思います。

大澤:障害者スポーツとしてのスポーツ栄養と、フレイルやロコモティブシンドロームには、共通するところが多々あると思います。そう捉えてみると、障害者のスポーツ栄養にはこれからの時代の高齢者の問題との共通の認識、共通の研究が必要になってくるのではないかと思います。今日のお話しを伺い、物理的な面とスポーツ栄養の両者が相まって2020年のオリンピック・パラリンピックも成功していくのではないかと思いました。どうもありがとうございました。

(敬称略)

講演ダイジェスト動画

▽第20回ダノン健康栄養フォーラムの概要は、以下をご覧ください↓
  • ごはんだもん!げんきだもん!~早寝・早起き・朝ごはん~
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