メールマガジン「Nutrition News」 Vol.237
健康・栄養に関する学術情報
水分摂取
健康・栄養に関する学術情報
水分摂取
暑さ厳しい日本の夏、水分を摂ることも多くなります。水は、全ての生命にとって不可欠の物質です。ヒトの体重のおよそ 60%を占め、栄養素の輸送及び老廃物の排泄のための溶媒、体温調節といった重要な機能を果たしています。
水分摂取といえば、夏季を中心に脱水症状などの急性症状が多く発生する時期には注目されますが、それ以外は忘れられがちではないでしょうか?常時十分な水分摂取が大切だとは思いますが、あまり具体的なことを知らないとも感じます。日本人の食事摂取基準(2020 年版)に 参考として次の様に記されています。
- 水の必要量は生活活動レベルが低い集団で 2.3~2.5 L/日程度、生活活動レベルが高い集団で 3.3~3.5 L/
日程度と推定されている。 - アメリカ・カナダの食事摂取基準では推定平均必要量(並びに推奨量)ではなく、目安量が設定されてい
る。ヨーロッパ諸国でも同様の方法を採用している。 - ドイツでは、成人(18 歳以上)の目安量は年齢にかかわらず、男女それぞれ 2,910、2,265 mL/日として
いる。 - 水の摂取量並びに水の摂取源について、日本人を対象とした信頼度の高い研究は極めて乏しく、参考とな
る報告は見いだせなかった。
今回は、Nakamura らによる平常時の水分摂取の健康効果にフォーカスした日本人における介入研究の原著論
文を紹介します。意外な効果が報告されていますよ。
【研究の背景】
水はヒトの体内で最も多い成分で、様々な役割を果たしている。実際、ヒトは水分摂取をしなければ数日間しか生きることができない。欧米で公的機関によって適正水分摂取量が定められている一方、日本では日本人を対象とした水分摂取量の実態調査や水と健康に関する科学的根拠が不足していることを理由に、水は栄養素としては認められておらず、摂取基準も定められていない。そこで、アジア人(日本人)を対象として習慣的な水分摂取量増加による全身への健康効果を調べることを目的に、本研究を行った。
【研究の目的】
健常日本人男女を対象として、起床後と就寝前 2 時間以内の習慣的な水分摂取による健康増進効果の可能性を検討すること。
【研究方法】
被験対象となった 50 歳以上 75 歳未満の日本人男女 60 名※を、ランダムに介入群と対照群に分けた。介入群は普段の生活に加えてペットボトル入りの水 550ml を、朝は起床時から 2 時間以内に 1 本、夜は就寝前 2 時間以内に 1 本、1 日合計 2 本(1,100ml)を 12 週間継続摂取した。対照群は普段通りの生活を 12 週間継続した。
※空腹時血糖値がやや高め(90mg/dL 以上 126mg/dL 未満)の方が対象。主要評価項目として空腹時血糖値を設定。
【結果】
起床後と就寝前2時間以内の習慣的な水分摂取により、空腹時血糖値に有意な群間差は認められなかったが、(1)血圧低下(2)体温上昇もしくは低下抑制(3)腎機能低下抑制 が認められた。
【研究結果詳細と考察】
(1)血圧低下
介入群の収縮期血圧(SBP)が経時的に低下した。拡張期血圧(DBP)には有意な変化はなかった。血中成分の濃度が低下していたことから、血管の抵抗が小さくなったためではないかと考えられる。
(2)体温上昇もしくは低下抑制
対照群が 1 週目から 8 週目にかけて 0.2℃低下したのに対し、介入群では、0.08℃上昇した。
9 月から 12 月にかけて北海道札幌市と江別市で実施し、月ごとの平均気温は 18.9℃から-1.0℃に推移した。対照群は季節変動で体温が低下したのに対し、介入群は習慣的な水分摂取によって、その低下を抑制したと考えられる。一般的には脱水が進むことで体温調節が障害されること、また、加齢にともない皮膚血管の反応性が鈍くなることや、皮膚血流が低下することから、体内から熱を奪われやすくなると考えられている。介入群は習慣的な水分摂取によって体内水分状態がよい状態になり、体温調節機能低下を改善し、体温低下抑制効果がみられたと推察される。
(3)腎機能低下抑制
血液中老廃物の指標のひとつである尿素窒素(BUN)の数値が介入群で低下したことから、習慣的な水分摂取によって老廃物が希釈または尿から排泄されたと考えられる。老廃物を尿として排泄するための腎臓の能力を示す eGFR は、対照群では低下したのに対し、介入群では、低下しなかった。これらの結果から、習慣的な水分摂取により、冬季の脱水による腎機能低下が抑制されたと考えられる。
筆者らは、水分摂取習慣を変えることで更なる健康ベネフィットがあることを示した、アジア人を対象とした、また健常人において全身の健康効果を調べた最初の研究だ、としています。
生物が海から陸上に上がって以降、いかに脱水を防ぐかが生き残りのカギでした。生死を分けるような危機的な脱水時に水分を摂取するのはもちろんですが、平常時に十分な水分を補給することも重要ですね。
身の回りの大切な人を「水のような存在」と形容することがあります。普段あまり意識することはないけれどなくてはならない水の大切さを、時折再認識したいものです。
参考
詳細は下記論文をご参照下さい。
Nakamura Y, Watanabe H, Tanaka A, Yasui M, Nishihira J, Murayama N. Effect of Increased Daily Water Intake and Hydration on Health in Japanese Adults. Nutrients. 2020 Apr 23;12(4):1191. doi: 10.3390/nu12041191.
PMID: 32340375; PMCID: PMC7231288.
本論文はオンライン公開されており無料で閲覧出来ます。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7231288/
ダノンジャパン株式会社 研究開発部 西田 聡