メールマガジン「Nutrition News」 Vol.147
第18回ダノン健康栄養フォーラムより
腸内細菌とストレス
東北大学大学院 医学系研究科 行動医学
教授 福土審 先生
1 Fukudo 147
 
 
 ストレスが関連する代表的な疾患の1つに、過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome;IBS)があります。過敏性腸症候群は、国際的診断基準であるRome Ⅳ基準において「腹痛が、最近3ヶ月の中の1週間につき少なくとも1日以上を占め、その腹痛が ①排便に関連する、②排便頻度の変化に関連する、③便形状(外観)の変化に関連する、の3つの便通異常のうち2つ以上に該当するもの」と定義づけられています。また、過敏性腸症候群は、便の形状に基づき「便秘型」、「下痢型」、その両方が起こる「混合型」、排便回数のみが異常で便形状は正常な「分類不能型」の4つの型に分類されています。 過敏性腸症候群は、認知症やうつ病などのリスクとなる重大な疾患であることが明らかになっています。全人口に対する罹患率はアジアで9.6%、北米・欧州・豪州・ニュージーランドで8.1%、ラテンアメリカで17.5%、中東・アフリカで5.8%、全世界では8.8%と言われており、過敏性腸症候群は地球規模での社会問題であるとも言えるでしょう。 近年、過敏性腸症候群の発症に、ストレスだけではなく腸内細菌も関係していることが分かり、「脳-腸-細菌相関」という概念がクローズアップされるようになりました。

腸-腸‐細菌相関

 ストレスによって交感神経が活性化すると、消化管の内腔にノルアドレナリンが分泌されます。ノルアドレナリンは、腸内細菌に作用し、消化管の粘液分泌を抑制してしまうため、腸内細菌が排除されにくい環境となることが分かっています。また、ストレスは、CRH(corticotropin releasing hormone;副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)の分泌を増加させます。CRHにはマクロファージの働きを抑制したり、アレルギーに関係する肥満細胞を弾けさせたりする(脱顆粒)などの作用があり、それによってヒスタミンやセロトニンが分泌されます。すると、粘膜透過性が亢進し、抗原などの異物が生体内に入りやすくなります。これで弱い炎症が引き起こされ、神経が活性化し、そのシグナルが脳に伝わって更なるストレス応答性の増強を引き起こすのではないかと考えられています。 無菌マウスと腸内細菌がいるマウスを比較した研究では、腸内細菌がいるマウスに比べて無菌マウスでストレス応答性が非常に大きくなりましたが、この無菌マウスにビフィズス菌を摂取させると、ストレス応答性に改善が見られました。また、ストレス負荷により過敏性腸症候群の状態にしたラットを用いた研究では、腸内細菌を変容させることで、過敏化した腸が改善することが分かりました。 つまり、ストレスは、腸内細菌の変容を介して粘膜透過性を亢進させ、内臓知覚過敏を起こして過敏性腸症候群を引き起こしますが、それは腸内細菌へのアプローチによって改善することができるということです。  近年、過敏性腸症候群における腸内細菌叢の解析が進み、健常者と過敏性腸症候群の患者では優勢となる腸内細菌が異なることが分かってきました。私たちの研究では、過敏性腸症候群の患者にラクトバチルスとベイヨネラの両方が多く、さらに、この2つの菌が増加すると有機酸の濃度が恒常性を超えて高くなることが分かりました。実際に患者の糞便中の有機酸は、健常者に比べて酢酸やプロピオン酸の濃度が高いという結果が得られました。また、患者の中でも、酢酸の濃度が高いほど腹痛の強度や腹部膨満感の強度が強く、全体的な健康感も低下する傾向が見られ、プロピオン酸についても同様の結果が得られています。腸内における有機酸の増加は良いことと言われていますが、恒常性を超えた増加はかえって病態を悪化させるのではないかと考えられます。

プロバイオティクスを用いた過敏性腸症候群の治療

   現在、アメリカでは、過敏性腸症候群の治療に、リファキシミンという薬が使われています。リファキシミンは、肝性脳症(肝疾患において腸内細菌の産生する有害物質が分解されないために起こる脳症)に有効な非吸収性の抗菌薬ですが、過敏性腸症候群にも有効であることが分かり、過敏性腸症候群の治療に使われるようになりました。ただし、抗菌薬の使用には、菌叢が乱れる(菌交代現象)などのデメリットも考えて行く必要があります。 生体にとってよりやさしい治療法として、プロバイオティクスを応用する研究が進められています。例えば、消化管の上皮を培養した実験では、プロバイオティクスの一種であるラクトバチルス・アシドフィルスを添加することで、鎮痛作用のある分子(μ1オピオイド受容体)が細胞内に増えてくることが分かってきました。 ラットに酪酸を注入し、内臓知覚過敏モデルを作って内臓痛覚の状態を比較した実験では、鎮痛薬のモルヒネを単独で使用した場合には痛みが軽減しなかったのに対し、ラクトバチルス・アシドフィルスのみを使用した場合と、モルヒネとラクトバチルス・アシドフィルスを併用した場合には痛みが軽減しました。 また、アイルランドの研究チームのデータでは、過敏性腸症候群の患者について、ビフィドバクテリウムを含む飲料の摂取で、プラセボと比べて症状が良くなったという結果が出ており、大変注目されています。

プロバイオティクスと脳機能

  健常者に、恐怖感を感じる画像を見せ、そのときの脳の血流の状態を機能的磁気共鳴画像(fMRI)で見た研究があります。対照飲料の摂取前後では変化が見られなかったのに対し、プロバイオティクス飲料の摂取前後では、恐怖を感じる神経回路の結合度が非常に低下していることが分かりました。これは、プロバイオティクスを用いて腸内細菌を変容させることによって脳機能の変化を誘導できることを示唆しています。 私たちの行った研究では、過敏性腸症候群の被験者にストレスホルモンのCRHを投与することで、脳の扁桃体(恐怖や痛みを感じる部分)が非常に活性化するという結果が出ています。このような活性の程度を腸内細菌の介入によってどの程度改善できるのかというところは、今後大変おもしろい研究領域になるでしょう。 今後の医学において「消化管の健康をいかに図っていくか」という観点は、非常に重要になっていくものと考えています。

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