2025/12/26

Vol.266 (2) 第27回ダノン健康栄養フォーラムより 「ヘルシーエイジングの科学」

メールマガジン「Nutrition News」 Vol.266
第27回ダノン健康栄養フォーラムより
ヘルシーエイジングの科学

国際医療福祉大学 医学部 老年病学講座 教授
浦野 友彦 先生

近年、要支援・要介護の原因疾患の構成に変化が見られています。かつて主要な原因であった脳血管疾患の割合が減少傾向にある一方で、認知症や骨折・転倒といった疾患が増加し、現在ではこれらが主な原因となっています。

高齢者では、骨折が死亡率の上昇に深く関係します。骨折して臥床状態が長くなると、筋肉量が減少し、さらに骨折による炎症から肺炎や心不全を起こしやすくなるなど、合併症がドミノ倒しのように進行し、最終的に死亡につながりやすくなるのです。この悪循環の出発点となる骨折を防ぐことが極めて重要です。私は、骨折に深く関わる疾患である骨粗鬆症について研究を続けてきました。

骨はなぜ弱くなるのか?

骨粗鬆症とは、骨強度が低下して骨が折れやすくなった状態をいいます。私たちの骨は常に“工事中”であり、破骨細胞が骨を壊す「骨吸収」と骨芽細胞が骨を作る「骨形成」を繰り返しています。しかし、50歳を超える頃から骨吸収と骨形成のバランスが崩れはじめ、“骨を壊したのは良いけれど、作る作業が間に合わない”という状態になってしまいます。その結果、骨の量が徐々に減少し、骨折しやすくなるのです。骨粗鬆症の臨床上の特徴として、症状が現れない場合が多いことが挙げられます。そのため、骨が折れて初めて骨粗鬆症に気づくケースが多くなります。特に、骨粗鬆症によって骨の強度が低下すると、ちょっとした段差でつまずいたり足を踏み外したりして転倒するなど、通常では骨折には至らないような外力で骨折してしまうことがあり、これを脆弱性骨折と呼んでいます。

骨粗鬆症には、遺伝的素因が大きく影響することが知られており、骨量の50%以上は遺伝的素因で決まるともいわれています。その他、ホルモン異常や生活習慣(不動、喫煙、飲酒など)、過度なダイエットや早期閉経なども骨の老化につながることが明らかになっています。また、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や糖尿病などの病気で骨粗鬆症を合併する場合があることも知られています。

骨粗鬆症と栄養

骨の健康には栄養が深く関わっています。その1つの例として、必須アミノ酸メチオニンの代謝過程で生じる中間産物「ホモシステイン」が挙げられます。通常、ホモシステインは再びメチオニンに変換されますが、この代謝がうまくいかず血中のホモシステイン濃度が高くなると、骨の老化が進みやすくなることが知られています。これには骨の質が関係すると考えられています。骨は、主要な成分であるコラーゲンが架橋されることでしなやかさを保ち、折れにくくなっています。ところが、血中のホモシステイン濃度が高くなると、コラーゲンの架橋が阻害されることで骨のしなやかさが失われてしまうため、骨折しやすくなるのです。ホモシステインの代謝には葉酸やビタミンB12が関わっていることから、これらの栄養素を十分に摂取することが重要です。

また、最近私たちは、肉、魚、卵、大豆製品などに多く含まれる分岐鎖アミノ酸(branched-chain amino acids:BCAA)にも注目しています。BCAAは筋肉の主な構成要素であり、運動時のエネルギー源としても機能するものです。バリン、ロイシン、イソロイシンの3つの必須アミノ酸を指し、筋肉の分解抑制や合成促進などを介して筋肉量を保つことに関連すると考えられています。私たちが、BCAAの血中濃度と脊椎圧迫骨折の発症頻度について調べたところ、BCAAの血中濃度が低いことが脊椎圧迫骨折のリスクファクターとなり得ることを見出しました。

これらのことからも、骨の健康を維持するためには栄養が重要であることが分かります。

目から始まる全身の老化

近年、加齢による目の機能低下を表す概念である「アイフレイル」に注目が集まっています。厚生労働省が介護予防の必要性をスクリーニングするために作成した、25項目からなる「基本チェックリスト」はフレイルを評価する際にも使用されていますが、アイフレイルのある高齢者では、この基本チェックリストのうち、「閉じこもり」「認知機能」「うつ」に関する項目について、アイフレイルのない高齢者に比べて該当する頻度が約2倍となることが分かりました。目の機能が低下すると歩行速度が落ちます。そして閉じこもりがちになり、それが認知機能の低下やうつにもつながってきます。そこから肉体的なフレイルや社会的なフレイルが起こりやすくなってきます。アイフレイルはただ単に目が悪くなるのではなく、全身の老化の1つの現れなのです。アイフレイルに限らず、難聴など他の器官の機能低下についても同様であると考えられることから、目や耳などの機能をいかに維持するかがヘルシーエイジングの鍵となるのではないかと思っています。

 なお、フレイル群、プレフレイル群、ロバスト(健常)群で脊椎骨折発症率を比較したところ、フレイル群で最も高いことが分かりました。フレイルがある人では骨折のリスクが高まり、そして骨粗鬆症がある人ではフレイルのリスクが高まる——フレイルと骨粗鬆症に伴う骨折は互いに発症リスクとなる密接な関係にあるのです。

ペットボトル開栓でサルコペニア予測

サルコペニアは、加齢による筋肉量の減少、筋力の低下により身体能力が低下した状態をいいます。骨粗鬆症は骨が折れやすい状態、サルコペニアは転びやすい状態であり、骨粗鬆症とサルコペニアが合わさると骨折のリスクが高まることから、早期の介入が必要です。

 サルコペニアの評価指標として、下腿周囲径、歩行速度、握力、骨格筋量などが挙げられますが、私たちは日常生活で誰もが行う動作で、“高齢者自身が”サルコペニアを予測できる方法がないか、検討をしてきました。そのなかで、「ペットボトルを開栓できるか」が1つの指標になり得ることを見出しました。私たちの調査で、ペットボトルを開栓できない高齢者では、開栓できる高齢者に比べてサルコペニアの罹患率が約4倍になるというデータも得られました。また、ペットボトルの開栓であれば、実際に試してみなくても問診のみで把握できるのではないかと考え、開栓の可否を問診したうえでサルコペニアの診断を行いました。その結果、特異度(※)が91.2%と比較的高く、ペットボトル開栓の質問だけでサルコペニアのスクリーニングが可能であることが示唆されました。

 なお、当施設のデータでは、半年間の通所リハビリテーションを受けたサルコペニア患者64名のうち7名が、非サルコペニアに回復しました。これらの回復者に共通していたのは、筋肉量の低下が比較的軽度であったこと、そしてバランスの良い食事をとっていたことです。これらの結果から、早期に介入することと、日頃から栄養バランスを意識することが重要であるといえるでしょう。

※特異度…疾患を持たない人を正しく陰性と判定できる割合であり、偽陽性をどれだけ少なくできるかを示す指標。

一覧へ戻る