2025年12月1日発行
メールマガジン「Nutrition News」 Vol.265
第27回ダノン健康栄養フォーラムより
ヘルシー・エイジング社会の実現を目指して
国際医療福祉大学 副学長
山本 尚子 先生
日本はいま、高齢化率が29%を越える世界で最も長寿な国となっています。また、韓国や中国などでは日本よりも早いスピードで高齢化が進んでいます。高齢化はアジアだけでなく世界的な傾向であり、2050年には世界人口の16%を65歳以上が占めると推計されています。さらに、世界の高齢者の多くは開発途上国に住んでおり、2050年には世界の60歳以上の3/4以上が低中所得国に住むと予想されています。
このような状況を踏まえ、人口の高齢化は一部の先進国の問題ではないという意識のもと、国連においても高齢化社会にどのように向き合うべきか考えられています。
国連・WHOによるヘルシー・エイジングの取り組み
2020年、国連加盟国は「健康長寿の10年(United Nations Decade of Healthy Ageing 2021-2030)」を決議しました。 WHOはヘルシー・エイジングについて「高齢であっても、満足できる生活状態を可能にする、機能的能力(心身の総合的な能力)を作り、維持するプロセス」と定義しています。また、その実現のために世界とともに取り組むべき4つの行動エリアを掲げています。
- 年齢やエイジングに対する考え方や行動を変える
年齢によるステレオタイプな見方をすることや、そのような社会構造が差別や偏見を生み、また、その人の可能性を削いでしまうことにつながるという問題意識のもと、社会の認識を変えるための法律、政策の枠組みや教育などを変えていくことが重要です。
- 高齢者の社会参加や貢献を促進する
高齢者を含む全ての人たちが住みやすい環境を整えるため、雇用や市民参加といった社会的な環境整備だけでなく住居や公共交通機関の問題のような物理的な環境整備に総合的に取り組むことが求められています。
- 個人のニーズに対応した統合的なケアやプライマリー・ヘルスサービスを提供する
日本は要介護度の評価に基づいてケア・サービスを提供する介護保険制度をもつ世界的にも稀な国の1つです。まだそのような制度的、社会的なケアのしくみが十分でなく、家族のケアや地域のケアに依存している国も少なくありません。そのような中で、高齢者ケアの必要度をきちんと測るため、WHOはICOPE(アイコープ)という、ケアのアセスメントツールを作りました。タイやマレーシアなどアジアの中所得国では、ICOPE(またはICOPEを自分の国に合うようカスタマイズしたもの)で高齢者のケアの必要度を測り、サービスを提供しています。
- 介護を必要とする高齢者がケアにアクセスできるようにする
長期のケアを必要とする高齢者には、リハビリテーションや緩和ケア、健康増進、予防などの医療サービスだけでなく、介護やソーシャルサポートなどの支援的ケア・サービスも提供される必要があります。WHOは2020年に、高齢者長期ケアの経験を共有し学び合うネットワーク(WHO Global Network on Long-Term Care)を立ち上げています。
ヘルシー・エイジングのための食・栄養と健康
2024年にWHOとFAOが公表した共同声明では、健康的な食事の原則として「適切な(Adequate)」「バランスのとれた(Balanced)」「節度を踏まえた(Moderate)」「多様性に富んだ(Diverse)」が挙げられるとともに、食品や飲料が安全であってこそ健康的であり、フード・システムについては地球環境への影響を考えるべきであるとされています。
しかし、食べ物の摂り方は国によって異なります。日本の場合、野菜や魚介類などは他の国より多く摂りますが、全粒穀物の摂取量は、必ずしも多くありません。また、アメリカのデータでは、赤肉の摂取が多いほど死亡リスクが高くなりますが、日本やアジアのデータでは、摂取が多いほど死亡率が下がっています。この背景には、アメリカでは赤肉とその加工肉を日本の2~3倍摂っている一方で野菜は日本の1/3程度しかとっていないなどの食生活の違いがあると考えられます。このように、ヘルシー・エイジングの議論をしていく中で、必ずしも欧米の基準がそのまま日本人に当てはまるわけではありません。
多くのエビデンスは欧米のものであるため、世界的なガイドラインについて議論する際に日本を含むアジアの課題に十分にハイライトされているとはいえないのが現状です。世界的にはエネルギーの摂取を制限すべきであることは明確ですが、高齢社会である日本においても本当にそういえるでしょうか。飽和脂肪酸についても、その摂取量が欧米に比べて少ない日本において、制限することの優先順位は高いのでしょうか。また、日本における食と健康問題としてカルシウムの不足の問題や、多様な食品を摂る食文化が日本人の健康にも寄与していることなどについて、世界にデータを示していく必要もあると考えています。
“ポストSDGs”において注目されるウェルビーイング
今、世界的には2030年以降の目標としてポストSDGsの議論が進められています。その中の1つの軸として注目されているのが、心身のみならず社会的にも満たされた状態であることを示す「ウェルビーイング」という概念です。OECD(経済協力開発機構)のフレームワークでは、個人のウェルビーイングに影響する要素として「所得」「安全」「仕事と生活のバランス」「健康状態」など11項目が挙げられています。

山本先生ご講演資料より
これらの項目について、日本は「安全」や「健康状態」の評価が調査した40か国のなかで最高順位である一方で「仕事と生活のバランス」や「社会のつながり」、「市民参画」の項目は最低であるという極端な結果となっています。このような中で、私たちは日本なりのヘルシー・エイジングを模索し、それを世界の脈絡で発信し、世界の国々とともにヘルシー・エイジング社会を実現していくことが重要であると考えています。
