メールマガジン「Nutrition News」 Vol.206
第22回ダノン健康栄養フォーラムより
脂質栄養の価値~理想的な脂質栄養とは?~
自治医科大学 内科学講座・糖尿病センター 内分泌代謝学部門 教授
 石橋 俊
 

 脂肪は肥満、糖尿病、心臓病、がん、認知症などの疾患や、寿命とも密接に関係している栄養素です。その特徴としてまず挙げられるのは、炭水化物やたんぱく質が4kcal/gなのに対して脂肪は9kcal/gと高エネルギーだということです。また、脂肪と炭水化物は“trade-off”と言って、同エネルギーであれば脂肪を増やせば炭水化物が減り、炭水化物を増やせば脂肪が減るというシーソーのような関係にあります。

 脂肪は非常に多様性に富み、飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸(MUFA)、n-6系多価不飽和脂肪酸(n-6PUFA)、n-3系多価不飽和脂肪酸(n-3PUFA)、トランス脂肪酸、コレステロールまたはその代謝物など様々な種類があります。脂肪は、消化管ホルモンの分泌、プロスタグランジンやロイコトリエン等の前駆体、ステロイドホルモンの前駆体、腸内細菌を調整するなどの機能を担っています。

脂質の量と体重-炭水化物制限の観点から

 

 近年、炭水化物を制限した食事が、日本人の中にも広く浸透しています。実際、低脂肪食(30%の脂肪、エネルギー制限)、地中海食(35%脂肪、エネルギー制限)、低炭水化物食(炭水化物20/日から始め120/日まで増やす、エネルギー制限なし)の3群で比較した研究では、いずれの群でも最初の半年は体重が減少しましたが、約1年後には元に戻り始め、最終的には低炭水化物食群がエネルギー制限をしていないにも関わらず最も体重が減少したということです。しかし、最近のメタ解析で、低炭水化物食は初期には体重が減少するものの、1年を超えてくるとその効果が薄くなり、2年以上効果を持続させるのは難しいということが示唆されています。また、摂取エネルギーに占める炭水化物の割合は5055%が最も長命で、それよりも高すぎても低すぎても死亡率が上がるという研究結果も報告されています。極端な炭水化物制限は、短期間には体重減少効果がありますが、長期に続けるとむしろ寿命を縮めるということが推測されるわけです。その理由の1つとして、炭水化物を減らすと脂肪が増えることが考えられます。この脂肪を例えば動物性脂肪で摂った場合にはコレステロールが増えて心臓病のリスクが高まる可能性があるからです。

脂肪の質と血清脂質への影響

 5%エネルギーの炭水化物を等カロリーの脂肪酸(飽和脂肪酸、MUFAPUFA)に置換した場合の血清脂質の変化率を比較した研究があります。飽和脂肪酸に置換した場合ではLDLコレステロールは増加し、HDLコレステロールも増加しました。MUFAに置換するとLDLは少し減り、HDLは増加しました。PUFAに置換するとLDLは最も減少し、HDLも少し増加しました。LDLHDLの比率を見てみると、飽和脂肪酸ではあまり変化はなく、MUFAPUFAではよく下がっています。また、中性脂肪はいずれの脂肪酸でも下がっていました。これらの結果から、血清脂質への影響という観点からは飽和脂肪酸よりもMUFAPUFAが良いと言えるでしょう。

 血清脂質の中でも特にLDLコレステロールや中性脂肪は、動脈硬化の原因になります。つまり、脂肪の質を考える時には、心筋梗塞や狭心症、脳血管障害などの心血管イベントに対してどのような影響があるかという観点も重要です。飽和脂肪酸を等カロリーでトランス脂肪酸、MUFAPUFA、精製でんぷん・砂糖、全粒穀物に置換した場合の心血管イベント発症リスクの変化を調べた研究によると、トランス脂肪酸では有意ではないものの心血管イベント発症が増加、MUFA及びPUFAでは低下し、精製でんぷん・砂糖では変化がなく、全粒穀物では低下していました。特にPUFAは-25%と心血管イベントの発症が最も低下しました。このようなデータからも、脂肪酸は飽和脂肪酸よりPUFAMUFAで摂取する方が良いと言えます。

 なお、PUFAの中でも特にn-3PUFAは、中性脂肪低下作用、抗血栓作用、抗不整脈作用があるとのことから、実際にサプリメントとして多く流通しています。そこで、n-3PUFAサプリメントと心血管イベント発症の関係について調べたメタ解析の結果を見てみると、心臓死は有意に低下していますが、全死亡や突然死は差がなく、心筋梗塞は低下傾向ではあるものの有意ではありません。脳血管障害については有意ではないものの増加傾向にあります。つまり、全体としてみればサプリメントから摂取するn-3PUFAについては、それほど大きな効果を期待しすぎない方が良いのではないかと思います。

脂肪の質と死亡率の関係

 同一エネルギーの炭水化物を脂肪(トランス脂肪酸、飽和脂肪酸、MUFAPUFA)に置換した場合の死亡率を比較した研究では、トランス脂肪酸に置換した場合が最も死亡率が増加し、飽和脂肪酸の場合も増加しました。MUFAでは死亡率は低下しましたが、ここでもやはりPUFAが最も低下しており、PUFAを5%増やすと死亡率が25%低下するという結果でした。ただ、前述のとおり、炭水化物のエネルギーに占める割合は5055%で死亡率が最も低いことから、闇雲に炭水化物を脂肪に置換すれば良いというわけではありません。炭水化物や飽和脂肪酸を摂りすぎている場合には、その分をPUFA或いはMUFAに変える、というように解釈すべきではないかと思います。

 

 人類の歴史を振り返ってみると、穀類がなかった狩猟・採集時代の食事は、低炭水化物・高脂肪であり、その後農耕・牧畜が盛んになり、高炭水化物・低脂肪な食事へと変遷したのではないかと考えます。文明が発達するとともに人口は増え、非常に長命になりました。しかし一方で、動脈硬化性の心血管疾患、糖尿病、がん、認知症などの健康課題にも直面しています。「脂肪の量」「脂肪の質」の問題も、このような背景の中で、今一度考え直していく必要があるのではないかと思います。


 

講演ダイジェスト動画

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