健康・栄養に関する学術情報
健康な食事とは?ー最新の報告からー
食事を提供する人や食べる人にとって、「健康な食事」は大きな関心事です。では「健康な食事」とはどのようなものなのでしょうか?これまでもいくつかの健康な食事パターンが提唱されてきましたが、2023年4月に発表された原著論文”Diet, cardiovascular disease, and mortality in 80 countries”は、Mente(カナダ)らの国際的なグループよる研究で、これまでにない「健康な食事」の考え方を示しています。
不健康な食事は、死亡率と循環器疾患(cardiovascular disease ; CVD)の高さの主な要因とされている。これまでの食事スコアとして次のものが示され、目的に応じた食事評価に用いられている。
- ● Dietary Approaches to Stop Hypertension (DASH):高血圧予防
- ● Mediterranean Diet Score(地中海食):地中海沿岸地域でCVDの罹患・死亡率が低いことに着目
- ● Healthy Eating Index (HEI):アメリカの食事指針を反映
- ● EAT-Lancet Planetary diet(EATランセット):人の健康と地球環境に配慮
しかし、いずれも欧米での研究に由来し、次のような指摘もある。疾病を抑制する食品と疾病を引き起こす食品の両方を対象にしており、注目が高まっている疾病を抑制する食品にフォーカスした食事スコアはまだ示されていない。また、果物、野菜、豆類、ナッツ、魚の摂取増加が有用だとする点は共通しているが、何種類かの脂肪、乳製品、赤身肉の摂取では見方が分かれている(CVDを増加させると考えられていた全脂肪乳製品などの食品は、大規模コホート研究で中立または抑制的であることが示されている)。さらに、主に米国、ヨーロッパ、東アジアでの研究結果が、食事パターンが大きく異なる他の地域にも適するかどうかは検証されていない。
そこで本研究は、次のことを目的として実施した。
(i) 5 大陸 21 か国の 147,642 人を対象とした大規模な前向きコホート研究 (Prospective Urban Rural Epidemiology; PURE研究)からCVDを標的とした食事スコア(PUREスコア)を作成
(ii) PURE研究 と筆者らが行っている先行のコホート研究および症例対照研究(注)のCVDおよび死亡との相関を比較
(iii) PUREスコアが、高所得国、中所得国、低所得国で適用できるかどうかを評価
(iv) PURE スコアの予測性を他の食事スコアと比較
方法
PURE研究は高所得、中所得、低所得の21か国で進行中である。166,762 人の登録者から147,642人を対象とし食事スコアを作成した。PURE研究 では、死亡リスクの低下との関連が確認されている 6 つの食品群(果物、野菜、豆類、ナッツ、魚、乳製品)を用いて食事スコアを設定した。全参加者の各食品群摂取量の中央値を求め、各参加者において各食品群摂取量が中央値以下の場合に0点、中央値を上回る場合に1点とした。各食品群のスコアを合算しPUREスコアとした(1人あたり0~6点。高いスコアがより健康的となる)。試験期間中(平均9.3年間)におけるCVD(心筋梗塞、脳卒中、心不全)、死亡をアウトカムとした。
結果
- PUREスコアを5分位で群分けした。最上位群(PUREスコア5<)はエネルギーの56%を炭水化物から、27%を脂肪(飽和脂肪9%、不飽和脂肪15.0%)から、17.2%をたんぱく質から摂取しており、適度であった(表1)。
- 対照的に、最下位群(PUREスコア<1)は対象食品群の量が著しく少なく、エネルギーの66%を炭水化物から、20%を脂肪(飽和脂肪3%、不飽和脂肪10.7%)から、13.5%をたんぱく質から摂取していた。
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- 今回のデータを他の食事スコアを用いて評価したところ、地中海食とHEIの高スコアでは赤身肉の摂取量が少なく、DASHでは赤身肉、白身肉、乳製品の摂取量が少なかった。EATランセットでは最も制限が厳しく、赤身肉、白身肉、乳製品、魚、豆類の摂取量が少なかった。 DASH とEATランセットでは、炭水化物が多く脂肪が少なかった。
- PUREスコアが高いと総死亡、CVDのリスクが低く、 最上位群では最下位群と比較して、総死亡(HR(ハザード比)= 0.70; 95% CI: 0.63–0.77)、CVD (HR = 0.82; 95% CI: 0.75–0.91)のリスクが低かった(表2)。
- PUREスコアと総死亡やCVDとの相関は、比較対象とした筆者らの先行研究と類似していた。
- PURE研究と先行研究を合算しても、PUREスコアが高いと死亡率が低いという相関が見られ(最上位群と 最下位群を比較、HR = 0.70; 95% CI: 0.63-0.77)、PURE研究単独と同様だった。
- PUREスコアは、HEIと比較して総死亡リスク、総死亡とCVDの合計との相関が有意に強く、地中海食およびDASHと比較して総死亡リスク、CVDリスク、総死亡とCVDの合計リスクとの相関が有意に強く、EATランセットと比較して3つ全てのアウトカムとの相関が有意に強かった。
- PUREスコアが高いと総死亡とCVDの合計リスクが低く、平均PUREスコアが低い地域である南アジア、中国、アフリカではその相関がより強かった(PUREスコア 南アジア;2.1、アフリカ;2.6、中国;3.1、他の地域の平均;3.5)。
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考察
PUREスコアが20%高い(5分位1つ分)と死亡リスクが 8%低く、CVD リスクが 6%低かった。
予測性について、PURE スコアを地中海食、HEI、および DASHと比較すると、 総死亡とCVDの合計で少し高く、EATランセットとの比較では大幅に高かった。
EATランセットでは制限が最も厳しい(動物性食品を大幅に制限する)が、PURE スコアでは適度な量の動物性食品(例:毎日 1 カップの牛乳またはヨーグルト、85gの赤身または白身肉)が許容され、食品を制限する食事よりも多様な食品を適量取り入れる方がより健康的であると考えられた。PUREスコアが高いとCVDリスクが低いという相関は世界全体と各大陸で見られ、PUREスコアが低い南アジア、アフリカ、中国では特に強かった。この結果は、対象とした食品群を十分摂取していないことの方が、過剰摂取よりも大きな問題であることを示唆している。
筆者らは、「世界各地に多様な暮らしがあり、食品の入手しやすさやコストの問題で、有用な食品を十分摂取できない場合もある。比較的取り入れやすい食品を取り入れて食品の品目数を増やせば、容易に改善できる可能性がある。」と提言し、「世界規模で見た場合、成人の死亡やCVDの一定部分は、栄養過剰ではなく栄養不足(乳製品を含む疾病を抑制する食品の摂取量が低いこと)が原因である可能性がある。」と述べています。
私事になりますが、子供のころに家族で食卓を囲んだ時に、おばあちゃんが「いろいろな食べ物を食べると体にいいんだよ。」と教えてくれたことと、上記の提言が重なります。科学的なアプローチと経験的なことが同じ結論になっていて、驚きと発見がありました。
(注)先行コホート研究および症例対照研究
Ongoing Telmisartan Alone and in combination with Ramipril Global End point Trial (ONTARGET), 2002-2004
Telmisartan Randomized AssesmeNt Study in ACE iNtolerant subject with cardiovascular Disease (TRANSCEND), 2002-2004
Outcome Reduction With Initial Glargine Intervention (ORIGIN), 2004-2005
INTERHEART study, 1999-2003
INTERSTROKE study, 2007-2015
参考
詳細は下記論文をご参照下さい。
Mente A, Dehghan M, Rangarajan S, O’Donnell M, Hu W, Dagenais G, Wielgosz A, A Lear S, Wei L, Diaz R, Avezum A, Lopez-Jaramillo P, Lanas F, Swaminathan S, Kaur M, Vijayakumar K, Mohan V, Gupta R, Szuba A, Iqbal R, Yusuf R, Mohammadifard N, Khatib R, Nasir NM, Karsidag K, Rosengren A, Yusufali A, Wentzel-Viljoen E, Chifamba J, Dans A, Alhabib KF, Yeates K, Teo K, Gerstein HC, Yusuf S. Diet, cardiovascular disease, and mortality in 80 countries. Eur Heart J. 2023 Jul 21;44(28):2560-2579. doi: 10.1093/eurheartj/ehad269. PMID: 37414411; PMCID: PMC10361015.
本論文はオンライン公開されており無料で閲覧出来ます。
https://academic.oup.com/eurheartj/article/44/28/2560/7192512?login=false
ダノンジャパン株式会社 研究開発部 西田 聡