メールマガジン「Nutrition News」 Vol.173
第20回ダノン健康栄養フォーラムより
スポーツ科学の基礎知識 ー温熱とトレーニングー
順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科 教授/研究科長 
 内藤 久士 先生

 近年のスポーツ科学領域のトピックを見てみると、体を温めるということが運動による健康効果を説明するのに興味深いモデルであることが分かってきました。そのひとつが「熱ショックたんぱく質(Heat Shock Protein:HSP)」です。HSPは温度の上昇(通常より+3~5℃、40℃以上)や様々なストレスによって誘導されるたんぱく質です。「ストレスプロテイン」とも呼ばれており、たんぱく質の合成を補助したり、たんぱく質をストレスから防御したり、ダメージを受けたたんぱく質を修復したりすることで、細胞の恒常性を維持する役割を果たしています。

ストレス耐性と交差耐性

 HSPの役割のユニークさは「ストレス耐性」と「交差耐性」という2つの仕組みで説明することができます。ストレス耐性とは、あらかじめ弱い熱ストレスを加えること(プレコンディショニング)によってHSPが増大し、その後に強い熱ストレスが加わった時に細胞が守られる仕組みです。交差耐性は、プレコンディショニングによってHSPを誘導すると、熱以外のストレスに対しても同様に細胞が守られる仕組みです。この交差耐性が、トレーニングやスポーツとも重要な関係を持っています。運動をする時、細胞内では体温の上昇、活性酸素の発生、乳酸の発生、pHの低下など様々な変化が起こっています。運動によってこのような軽いストレスを加えることによって、HSPが誘導され、その交差耐性によって運動以外の様々な刺激(疾病の原因となるものなど)に対しても耐えられる体を作ると考えられています。

温熱負荷の骨格筋に対する効果

・筋萎縮の軽減
 スポーツ時の怪我による筋量の低下や高齢期の筋量の低下などを防ぐためにも、運動の刺激が重要であることは誰もが知っているところです。運動をしなくなってしまうと骨格筋はすばやく負の適応(萎縮)を起こします。その理由は、筋のたんぱく質の合成系が低下して分解系が亢進することにより、もともとあったバランスが崩れてしまうためです。筋肉の萎縮を防ぐためには、そのバランスをいかに保つかが重要です。そこで我々は、運動をできない状態にしたネズミを用いて、熱ストレスの負荷の有無によって筋の萎縮に差があるかを調べました。すると、熱ストレスを負荷して骨格筋のHSPレベルを上げたネズミの方が、わずかですが筋肉の萎縮が抑えられることが分かりました。

・筋肥大への効果

 我々は、筋を肥大させるためには温熱負荷と筋力トレーニングを組み合わせた方が効果的なのではないかと考えました。そこで、ヒトの筋を用いて調べたところ、トレーニングのみを行うよりも温熱を加えながらトレーニングを行った方が、たんぱく質の合成を亢進する細胞内のシグナルが多くなっていることが分かりました。骨格筋は、それ自身の収縮によっても温度が上がることから、これまで経験に基づいて行っていた「ウォームアップ」の効果も理にかなったものであると考えられます。

・筋肉痛の軽減 
 アスリートにとってパフォーマンスの低下やトレーニングの妨げになるもののひとつが、トレーニング後の筋肉痛です。激しい運動をすると、骨格筋の構造が壊れて炎症が起こることで痛みが生じるのです。これについても、事前の温熱負荷が筋の一次的な損傷を防いで筋力低下を抑制するとともに、筋肉痛を軽減することを示唆する結果が得られています。

・耐糖能の改善 
 2型糖尿病の改善に運動が重要である理由として、運動することによって血中のグルコースを筋の中に取り込む働きが高まり、インスリンを節約できることが知られています。そこで我々は、体温の上昇を伴う運動をする場合と体温が上がらないような環境で運動する場合とで、糖の取り込みに関与する細胞内の物質の発現量がどう違うかを動物を使った実験で調べました。すると、糖の取り込みに関与する物質の発現量は、体温の上昇を伴う運動をすると、運動そのものの時よりも大きいという結果が得られました。健康づくりにおいて、運動によって筋を動かすことはもちろん大切なことですが、少し体温が上がるような運動する方が効果的であることが示唆されます。

スポーツ・医科学領域における”温熱”の可能性

 健康づくりや、より高い効果を得られるトレーニング等の方法には、「経験から理論を明らかにする」というアプローチと「理論から実践につなげる」というアプローチがあり、この2つが車の両輪のように重要です。そして、温熱を負荷することは、そのいずれにも関わる非常に興味深いモデルです。

温熱負荷は、疾病予防や機能回復、リハビリテーション領域で経験的に行われてきた手技の理論的な裏付け、怪我の早期回復や筋肉痛の軽減、耐糖能の改善の他、加齢や安静、無重力下での筋委縮の予防、トレーニング効果の増強や競技パフォーマンスの向上など、スポーツ・医科学領域の様々な面で応用できる可能性を秘めていると言えるでしょう。

講演ダイジェスト動画

▽第20回ダノン健康栄養フォーラムの概要は、以下をご覧ください↓
  • ごはんだもん!げんきだもん!~早寝・早起き・朝ごはん~
  • ダノングループ・コーポレートサイト

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