講演2
座長
神奈川県立保健福祉大学 学長
中村 丁次
「ナッジ理論と行動変容:健康づくりへの活用」
帝京大学大学院 公衆衛生学研究科 教授
福田 吉治
この数年、健康づくりを含む多くの分野でナッジ理論と行動経済学の応用が期待され、コロナ禍に
おいてさらに大きく注目されるようになった。「新しい生活様式」(New Normal)がその象徴であ
る。禁止でなく、無理・ストレスなく、わかりやすく人々に感染を予防する行動と暮らし方を促すた
めに、ナッジ理論と行動経済学の考え方が使用された。
ナッジは、一般に「人々を強制することなく、望ましい行動に誘導するようなシグナルまたは仕組
み」とされる。人の不合理な行動を観察したり、分析したりする行動経済学の考えを基にしている。
その理論や考え方には、選択回避・選択肢削減の法則、フレーミング、アンカリング、後悔回避・現
状維持バイアス、損失回避、松竹梅効果・極端の回避、時間選好性、デフォルトオプション、オプト
アウト・オプトイン、コミットメント、インセンティブなどがある。
これらの理論をまとめたものとして、MINDSPACE、EAST、CAN がある。それぞれ、主要な理
論の単語の頭文字を使ったものである。特に、CAN は、健康的な食の選択と摂取を推進する考え方
として提示されたもので、Convenience(便利にする)、Attractive(魅力的にする)、Normative
(日常ごとにする)からなる。“From Can’t to CAN”(=できないからできるへ)の言葉に表され
るように、困難である行動変容を(自然と)可能にするための戦略の枠組みで、ナッジを実践するた
めのヒントとなっている。
健康づくりや疾病予防のために、「健康無関心層」へのアプローチを重視し、ナッジ理論を活用し
た取組みを進める方針が示されている。以前から問題とされている健康格差の縮小への寄与も期待さ
れている。一方で、期待が大きすぎることや、従来からの行動科学が軽視されることへの懸念もある。
しかし、ナッジ理論の応用は、これまで行ってきた行動変容や健康づくりの取組みを別の視点から見
直し、新しい発想で、より効果的で効率的に、そして、従来とは異なるターゲットに対してアプロー
チしうる。今後は、多くの場で実践を積み重ね、経験を共有し、科学的な評価や見直しをしながら、
ナッジ理論の応用を推進していく必要がある。