基調講演

座長 
公益財団法人ダノン健康栄養財団　理事長
愛知学院大学心身科学部健康栄養学科　教授
大澤　俊彦　先生

「加齢と健康」
独立行政法人 国立長寿医療センター
研究所長教授
鈴木 隆雄先生

１ ．加齢と虚弱

　人間は加齢とともにその心身のさまざまな機能は低下する。この一連の過程 と現象は老化と呼ばれる。老化の過程において特徴的なことは、成年期に比し、 単に心身機能の平均値が低下しているだけでなく、分散、すなわち個体差の大きいことでもある。加齢に伴いさまざまな機能の低下が比較的緩やかで少ないいわゆる元気老人から、老化の進行や機能減衰が顕著であり、虚弱の目立つ高齢者までほぼ正規分布しているものと考えられる。この心身機能の（平均値を 超えた）顕著な低下を示す者を「虚弱」と一般的に呼んでいる。従って虚弱と は「老化に伴う種々の機能低下（予備能力の低下）を基盤とし、多様に出現する健康障害（adverse health outcome）に対するvulnerabilityが増加している状態」と言うことが出来る。虚弱の評価方法としてはFriedらの提唱したCHS index、あるいはEnsrudらのSOF indexなどが知られている。例えば、Friedらはthe Cardiovascular Health Study（CHS）のデータを使用し、１）体重減少、２）主観的活力低下、３）握力の低下、４）歩行速度の減退、５）活動度の低下、の５項目のうち３項目以上当てはまればfrailtyとした（CHS index）。このCHS indexにのっとると、６５歳以上の地域住民のサーベイでは７％、８０歳以上だと３０％がfrailと診断されるとの報告もある。

２ ．虚弱の予防−サルコペニアの介入研究からを例として−

　最近筆者らは、サルコペニアと判定された３０４名と正常者１,０９５名の調査項目 を比較し、サルコペニア高齢者の特徴を調べ、さらに彼等を無作為に２群に割り付けた（ランダム化）比較試験を行なった。

　まず、サルコペニア群と正常群の比較については、サルコペニア群において年齢が高く、下腿三頭筋周囲径、BMI、筋肉量が有意に低値を示すとともに、健康度自己評価、定期的な運動習慣を持っている者の割合も低かった。一方、既往歴においては、貧血症、骨粗鬆症、骨折歴は有意に高かったが、高血圧症、脂質異常症（高脂血症）は正常群より低かった。

　次に、サルコペニアと判断される高齢者に対する運動効果とアミノ酸補充 効果の検証については、介入参加希望者をRCTにより運動＋栄養群、運動群、栄養群および対照群の４群に分け、運動群には週２回、１回当たり６０分間の筋力強化と歩行機能の改善を目的とした包括的運動指導を、栄養群にはロイシン高配合のアミノ酸３gを一日２回補充する指導を、運動＋栄養群にはその両方を、対照群にはこれまで通りの生活を、それぞれ３ヶ月間実施した。介入前後における身体組成、体力、老年症候群の改善の度合いを検討した。その結果、 対照群では有意な変化が認められなかったのに対し、LBMは運動＋栄養群で ２.８％、運動群で２.４％、栄養群で５.０％の有意な向上が、さらに歩行速度は、運動群＋栄養群で１３.２％、運動群で１４.５％の顕著な向上が確認され、地域在住高齢者におけるサルコペニアの改善には運動のみならずアミノ酸補充も有効であることが示唆された。運動群と栄養群との介入後の比較では、LBM及び歩行速度において有意な改善が認められている。しかし一方で、サルコペニア高齢者に多く観察される尿失禁は、運動＋栄養群および運動群で有意な改善が認められたが、栄養群では有意な改善が見られなかった。また握力に関しては運動＋アミノ酸補充群でのみ有意な改善が認められていた。以上のことから、サルコペニア高齢者のLBMあるいは体力の改善を目的とした場合には、運動指導あるいは栄養補充の両方とも有効な手法であることが確認されたが、サルコペ ニア高齢者に有症率の高い老年症候群の改善のためには、運動介入の効果の方が優れている可能性が示唆された。

３ ．おわりに

　加齢に伴い、過剰な機能低下を示す虚弱、あるいはその中心的コンポーネントとなるサルコペニアは後期高齢者において有症率が上昇し、身体機能の障害や死亡と強く関連していることが指摘されている。両者と関連する要因は様々で複雑であるが、不活動や低栄養など可変要因の改善に焦点を当てたサルコペニア予防策の効果の検討により、骨格筋量および筋力の増加あるいは生活機能 維持に必要な運動能力の向上が明らかとなった。このような介入には、運動指導、栄養指導ともに有効であったが、サルコペニア高齢者に多く見られる老年 症候群の解消には、運動指導を主体とした介入のほうがより有効であることも示唆された。