メールマガジン「Nutrition News」 Vol.108
第15回ダノン健康・栄養フォーラムより
メンタルヘルスと栄養
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター
神経研究所疾病研究第三部 部長 功刀 浩 先生
 近年、うつ病の患者数は急激に増えており、この10年間ほどで約3倍にもなっています。また、治療を受けている患者は一部にすぎず、潜在的な患者数は500万人とも推定されています。自殺者数も多い状態が続いていますが、うつは自殺の大きな要因にもなっています。
 従来、うつ病の治療は、「休息」「環境調整」「心理療法」「抗うつ薬(重症の場合は通電療法)」の4本柱で行われてきました。今、5本目の柱である「食生活など生活習慣改善」が自分でできる治療・予防ということで注目されてきています。私は「隠れストレス」と言っておりますが、現代社会には飽食や食の西洋化、車社会による運動不足、そして夜型生活、ゲームやITの発達など、文明化による様々なストレスがあります。生活習慣が乱れるとこれらのストレスの影響を受けやすくなり、うつ病のリスクを上げることが分かっています。他の生活習慣病と同じように、食事・運動・睡眠の生活習慣を正すことがストレスを跳ね返すバリアにもなると思います。
 

うつ病と食生活

【肥満、メタボリック症候群】
 海外の先行研究のメタアナリシスで、メタボリック症候群はうつ病のリスクを約1.4倍に高めるという結果が得られています。前向き研究に限ったメタアナリシスでも、メタボリック症候群ではうつ病のリスクを約1.5倍に高めることが分かりました。うつ病は、急性期では食欲低下が見られますが、長期的に見るとメタボリック症候群のリスクを高め、それが様々な生活習慣病のリスクを高めると考えられており、うつ病がメタボリック症候群のリスクを1.5倍に高めるというデータもあります。つまり、エネルギー摂取過多の病態とうつ病は相互にリスクを高めることが言えます。
 
【地中海式食事】
 地中海式の食事は健康的な食事として注目されています。野菜、果物、豆類、穀類、魚などの摂取量から「地中海式食事スコア」を算出して比較した研究では、地中海式食事スコアの高い群は低い群と比べてうつ病発症率が低いという結果が得られており、地中海式食事がうつ病のリスクも下げる可能性が示唆されています。しかし、地中海式食事が良いからと言って、日本人も地中海式食事に近づけた方が良いかというと、そうとも言えません。日本では欧米に比べて魚の摂取量が多く、乳製品の摂取量が少ないなど、実情に合わないところもあり、日本での研究が必要です。
 
【n-3系不飽和脂肪酸】
 魚の摂取量が多い国は、うつ病の罹患者が少ないという指摘もあります。実際、魚油からでないと摂取しにくいn-3系不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸が、うつ病患者では軽度減少していることがメタアナリシスでも報告されています。日本でもn-3系不飽和脂肪酸とうつ病に関する疫学調査が行われていますが、有意な関係が得られた研究もあれば得られなかったものもあり、必ずしも結果は一致していません。日本は概して魚の摂取量が多いこともあり、関連が出にくい可能性が考えられます。
 
【ビタミン】
 葉酸やビタミンB12は、葉酸サイクルやメチル化サイクルに関与しています。メチル化サイクルにおいて合成されるSAMe(活性型メチオニン)には抗うつ効果があると言われており、葉酸やビタミンB12の不足がうつ病のリスクを高めることが考えられます。実際、血清葉酸値が低いとうつ病のリスクを高めるとする報告が多くなされています。 ビタミンD濃度が低いとうつ病のリスクが1.3倍になるというデータもあります。ビタミンDは魚やきのこに多く含まれます。また、紫外線を浴びることにより皮膚でビタミンDが合成されます。日光がビタミンDの産生に関係しているので、ビタミンDには季節変動があり、これが春型の季節性うつ病と関係しているのではないかという説もあります。
 
【ミネラル】
 ドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の合成や代謝に関わる酵素には鉄が必要なものがあることが知られています。そのため、鉄が欠乏すると疲れやすい、イライラ、興味・関心の低下、集中力低下などの症状が見られることがあります。これらはうつ病の症状とも合致しており、鉄欠乏がうつ病リスクを上げるということが考えられます。うつ症状は、貯蔵鉄の指標となる血中のフェリチン値が低い人に多いという報告もあり、貯蔵鉄の減少もうつ病のリスクを高めることが指摘されています。 亜鉛は脳に多く含まれており、特に神経細胞のシナプスで神経伝達物質を貯蔵しているシナプス小胞に多く含まれています。亜鉛が欠乏すると味覚障害のほかうつ症状や気分変調症が起きると言われており、また、うつ病患者の血中の亜鉛濃度は健常者と比較して低いという報告もあります。ポリリン酸などの食品添加物は亜鉛の吸収を阻害すると言われており、加工食品ばかり摂るような食生活では注意が必要です。
 

われわれの調査

 うつ病と栄養については、われわれも食事歴調査と血中栄養素測定による調査を行っています。まだ予備的な段階の結果ですが、次のような結果が出ています。
 うつ病患者では肥満傾向、血清HDL低値、中性脂肪高値が多く見られました。血中ビタミン濃度はあまり差がありませんでしたが、葉酸値が低い傾向がありました。アミノ酸では必須アミノ酸であるメチオニンやトリプトファンの血中濃度低下傾向が見られました。脂肪酸では、n-3系が低いことを予想していましたが、むしろn-6系が低いという結果でした。
  海外での研究結果と全ての点で必ずしも一致したわけではありませんが、日本のうつ病でも食生活や栄養が関連することが分かってきており、栄養面からの指導がこれからの精神医療の中でも重要になってくるだろうと考えられます。
 

精神疾患患者への栄養指導

 私どもの病院では、精神疾患の患者に積極的に栄養指導を行っています。栄養指導室の管理栄養士の先生によれば、精神疾患の患者に対する栄養指導には、いくつかの留意点があります。
 精神疾患の患者はあまり自分から話さないことが多いので、積極的に情報収集をしないといけません。本人からの話だけではなく、カルテや、看護師、ケースワーカー、家族からの情報収集が大事です。また、患者には、栄養に関する知識や常識が不足していたり、不健康な食べ方をしているという認識のない人が多いようです。食生活の乱れが度を過ぎていることも少なくありません。向精神薬はしばしば食欲が亢進するので、何の薬を飲んでいるのかを確認する必要もあるでしょう。統合失調症では妄想や拒絶症で食べない場合があるため、精神症状にも留意しなければいけません。また、栄養指導で体に良い食事を教えると、そればかりを実践する人もいるので注意が必要です。
 指導法では、動機づけが非常に重要になります。「心の病気に栄養が関係するのか?」と疑問に思っている人が多いので、今日ご紹介した内容を念頭に置いて、食事や栄養が精神疾患の治療においても大切だということを動機づけしていただければと思います。精神疾患で脳の機能が落ちている場合では理解力が不足しがちです。複雑なことを言わずに何度も繰り返し伝えると良いでしょう。自尊心が低くなっていることも多いので、否定したり叱ったりせず、できたところを褒めるようにします。カロリー計算や料理をすることは困難なので、「おやつを半分にしましょう」など分かりやすい方法で習慣の是正に重点を置き、コンビニや惣菜などをうまく使うことも指導のポイントになります。運動や睡眠の習慣の改善も重要です。
 通常、栄養指導は1、2回で終わる場合が多いと思いますが、精神疾患の場合は半年~年単位で続く場合が多く、栄養士に会うのを楽しみに来ている患者もいます。ぜひ、根気よく、長く付き合っていただきたいと思います。
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